台湾島

与那国島から台湾へは111km、反対方向の沖縄本島へは117km という地理関係で、
かつては与那国島と台湾を結ぶフェリーがあったり、今でも期間限定で飛行機があったりするそうですが、
距離と路線の需要は異なるようで、与那国島から石垣島へ、石垣島から沖縄本島へと戻り、那覇空港から台湾へと向かいました。
琉球は日本とも中国とも交流があり、米国統治下では与那国島と台湾の間で密貿易が行われていたりと関係は深く、今でも中国や台湾には琉球は自国の領土だとする考えがあるそうです。
また、台湾は日本の統治下にあった歴史も持っているので、今までの雰囲気と近いところなのかと思っていましたが、実際はがらりと違ったところでした。

緯度的には与那国島と変わらないので、田舎の方で見られる植物の雰囲気は一緒ですが、沖縄本島から見られるようになった瓦屋根が見られなくなったことに加えて、
中心部では建物のスケール感に圧倒されました。何故なんでしょう?大きな島だから?大陸から来た人たちの感覚で作ったから??
さすがに政治が違うと町も違うのかと思いました。

空港から台北市内に移動してきて、降ろされた台北中央駅でそのスケールに圧倒されました。


沖縄の首里城も中国っぽいと思いましたが、どちらかというと台湾の先にある香港に近いというか、香港の下町がこぎれいになったところという雰囲気でした。

それと、テレビ番組の画面の構成というか、テロップの雰囲気はまるで日本だった点に、台湾は中国や香港とは違って台湾だということと、日本に近い部分を感じました。
ちょうど土日に訪れたためか、凄いイベントに2つ出くわしました。

・反原発イベント
片側5車線の道路を両側使用してのイベント。端っこのブースで販売しているグッズがとにかく豊富で???な感覚に。。
メディアも警察も物凄い数来ていました。
また、台湾人もやはり3,11に触発されたようでした。

・台湾独立イベント
中国から独立したい地域といえばチベットやウイグルが目立ちますが、台湾だって独立したい。

それと、
・九份
超有名観光スポット・九份に日曜日に行ったら人がどえらく多かった。
ほとんどが東アジア圏から来たと見られる人たちで、お陰で色んな案内が日本語にも対応しており助かる。
ただし、立ち寄った私設の金の博物館では、おっちゃんが英語が全くわからず漢字で筆談。おっちゃんは自分で博物館作るくらいアツい人なので、身振りと筆談と中国語で内容を熱心に伝えようとして下さり、とても感謝する。

という具合に、中国語が話せないので、それまで食パン1斤で1日の食事を賄うなど貧乏旅行をしていたこともあり、台湾では美味しいものを食べたり、散歩したり、美味しいものを食べたり、博物館行ったり、美味しいものを食べたりしてました。
とにかく美味しいものが安い!

ということ以外にあまり語れることがないのですが、普通に楽しかったです。

旅程の最終日がちょうど台北ランタンフェスティバルの最終日でした。ここでも夜市で美味しいものを食べて…

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今回の旅行は、南西諸島を下って台湾まで行く過程で風土の違いを見てみることがテーマでした。
鹿児島県下までは難なく、運良く思うように見たいものや知りたいものに触れることができましたが、
沖縄県下に入り観光色が強くなったところで、他の旅行者との交流も増え、今まで意識しなかったことに気がつきました。それは、旅行の目的や興味の対象は人それぞれだということです。
自分の場合は自分の知らない地域の暮らしに興味がありましたが、それは何故だろう?とここで初めて疑問に思ったのです。
両親とも先祖代々同じ土地に暮らし、自分もご先祖様たちと同じ土地で生まれ育ち、中学卒業まではここが世の中の全てだという感覚で過ごしていました。ですが、その後の進学や就職で様々な境遇の人たちに出会い、そこで得た刺激が自分の人生を少しずつ快適な方向に導いてくれたことが、その人たちのバックグラウンドである知らない土地での生活への興味の根底にあるのかと思います。


旅行の忘備録

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